松浦 昌(まつら まさし)は、江戸時代前期から中期にかけての大名。肥前国平戸新田藩初代藩主。平戸藩4代藩主・松浦鎮信の次男。
生涯
寛文5年(1665年)6月14日、4代将軍徳川家綱に御目見する。元禄元年(1688年)4月27日、江戸城の中奥に勤務する。元禄2年(1689年)7月3日、父鎮信の隠居により、志佐・調川に1万石を分与されて支藩である平戸新田藩を立藩した。江戸城の帝鑑の間詰めとなる。宝永3年(1706年)5月7日に家督を長男の邑に譲って隠居した。隠居号は退入と号した。
享保21年(1736年)正月10日に86歳で死去した。
『土芥寇讎記』に、蹴鞠を趣味にしていたことが記されている。
系譜
父母
- 松浦鎮信(父)
- 志佐氏 ー 側室(母)
正室
- 加藤泰興の娘
子女
- 松浦邑(長男)生母は正室
- 松浦馮(次男)
- 松浦信守(五男)
- 千本倶隆(六男)




